所蔵文化財の紹介

雪舟せっしゅう庭園(国指定、史跡及び名勝)

 室町時代。 雪舟 が作庭した池泉観賞式、寺院様式の庭園である。
 心字池しんじいけの護岸と緩やかな築山の頂上から渦巻状に広がる見事な石組、やや離れて位置する 三尊石さんぞんせき枯滝かれたき石組が一体となって須弥山世界(仏教の宇宙観)を象徴している。
 雪舟の墨絵に似通う趣が感じられる。

本 堂(国指定、重要文化財)

 南北朝時代(1374)益田七尾城11代城主。 益田兼見ますだかねみ により建立され、寺領31石を与えられ、益田家の香華院こうげいん(菩提寺)とされた。
 鎌倉時代の様式を残す穏静簡古な造りには見るべきものがある。
 幕末、 第2次長州征伐、益田口戦争 で、幕府軍福山、浜田両藩の陣地になった。その時の鉄砲の弾跡が柱に残っている。

二河白道にがびゃくどう図(国指定、重要文化財) (4月29日〜5月10日の間、公開します)

 絹本着色、鎌倉時代の仏画。
 鮮やかな筆のはこび、阿弥陀如来と釈迦牟尼佛の衣にほどこされた繊細な切り金細工きりがねざいくなど、 当時一流の絵師の作と思われる。
切り金細工模様
 本図は、
 @ 此岸しがん娑婆しゃば世界や群賊・悪獣、 彼岸ひがんの極楽浄土に関する具体的な描写がない。
 A 発遣はっけんの釈迦、来迎の阿弥陀如来が、横並びに置かれる。
 B 水河が向かって左側、火河が右側に配され、他の図とは逆転している。
 C 水火の二河に、蓮華れんげ蓮葉が生じている。
など、一般の二河白道図とは異なる。
 一遍上人いっぺんしょうにんは「念仏を称えて我執(執着心)を捨て去れば、衆生は迷いを離れ、悟りの境地に達する。 そのとき、衆生と仏の区別はなく、その身は極楽浄土にある。すなわち娑婆世界と極楽浄土の区別もなくなる。」と説く。ゆえに本図には極楽浄土も娑婆世界も 描かれていない。極楽浄土から河を見れば火河が右側に、水河が左側に見えるのである。
 また、一遍上人は「中路の白道は南無阿弥陀仏なり、水火の二河はわが心なり、二河におかされぬは名号(南無阿弥陀仏)なり」と云う。娑婆世界で煩悩まみれの 心も往生すれば清らかになる。ゆえにいかりの火河、むさぼりの水河に美しい蓮の花が描かれるのである。
 一遍上人の念仏思想を 絵画化したもので、時宗の要諦を一目に示す無類の優品である。時宗系二河白道図の伝存最古本とされる。


書院襖絵(県指定、有形文化財)  (一部を公開しています)

 雲谷派(雪舟の流れをくむ日本画の一派)の作。
 楼閣山水図(紙本墨画) 全8面。
 山水図(紙本墨画)  全12面。
 仕女図(紙本墨画淡彩) 全4面。
 芦雁図(紙本墨画淡彩) 全8面。


阿弥陀如来立像(県指定、有形文化財)  (公開していません)

 鎌倉時代の作。
 檜材の1材を使って割りはぎして制作された、いわゆる三尺阿弥陀と呼ばれる仏像である。
 13世紀後半の院派仏師の作例と考えられる。


観世音菩薩立像、多聞天立像、持国天立像(市指定、有形文化財)

平安時代の作。
 萬福寺の前身安福寺に安置されていたもの。


阿弥陀如来座像(市指定、有形文化財)

 平安時代(12世紀後半から末)の作。
 萬福寺の末寺荘厳寺に安置されていたもの。


華南三彩貼花文五耳壷(市指定、有形文化財)

 16世紀後半〜17世紀前半の作
 中国南部(福建、広東省周辺)で焼成された陶器で、「おしまの壷」と呼ばれ、益田氏より拝領した壷と 伝わっている。


益田兼見ますだかねみ公の墓(市指定、史跡)

 萬福寺開基、益田七尾城11代城主 益田越中兼見 公の墓。
 五輪の塔。萬福寺霊園にある。鎌倉時代の作。