室町時代。
雪舟
が作庭した池泉観賞式、寺院様式の庭園である。
雪舟の墨絵に似通う趣が感じられる。
南北朝時代(1374)益田七尾城11代城主。
鎌倉時代の様式を残す穏静簡古な造りには見るべきものがある。
幕末、
第2次長州征伐、益田口戦争
で、幕府軍福山、浜田両藩の陣地になった。その時の鉄砲の弾跡が柱に残っている。
絹本着色、鎌倉時代の仏画。
鮮やかな筆のはこび、阿弥陀如来と釈迦牟尼佛の衣にほどこされた繊細な
切り金細工模様
本図は、
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A
B 水河が向かって左側、火河が右側に配され、他の図とは逆転している。
C 水火の二河に、
など、一般の二河白道図とは異なる。
また、一遍上人は「中路の白道は南無阿弥陀仏なり、水火の二河はわが心なり、二河におかされぬは名号(南無阿弥陀仏)なり」と云う。娑婆世界で煩悩まみれの
心も往生すれば清らかになる。ゆえにいかりの火河、むさぼりの水河に美しい蓮の花が描かれるのである。
一遍上人の念仏思想を 絵画化したもので、時宗の要諦を一目に示す無類の優品である。時宗系二河白道図の伝存最古本とされる。
雲谷派(雪舟の流れをくむ日本画の一派)の作。
楼閣山水図(紙本墨画) 全8面。
山水図(紙本墨画) 全12面。
仕女図(紙本墨画淡彩) 全4面。
芦雁図(紙本墨画淡彩) 全8面。
鎌倉時代の作。
檜材の1材を使って割りはぎして制作された、いわゆる三尺阿弥陀と呼ばれる仏像である。
13世紀後半の院派仏師の作例と考えられる。
平安時代の作。
萬福寺の前身安福寺に安置されていたもの。
平安時代(12世紀後半から末)の作。
萬福寺の末寺荘厳寺に安置されていたもの。
16世紀後半〜17世紀前半の作
中国南部(福建、広東省周辺)で焼成された陶器で、「おしまの壷」と呼ばれ、益田氏より拝領した壷と
伝わっている。
萬福寺開基、益田七尾城11代城主
益田越中兼見
公の墓。
五輪の塔。萬福寺霊園にある。鎌倉時代の作。